第7回 食べやすく美味しい嚥下食で、健康づくりと生きる喜びを 金谷栄養研究所 所長 金谷節子 先生

いつまでも口から食べられることが
身体をささえ、心を満たしてくれる

- 開発の取り組みを伺う前に、改めて嚥下食の必要性について教えていただけますか?

金谷栄養研究所 所長 金谷節子 先生

金谷先生摂食・嚥下障がいによって食べることに支障が起きると様々な問題が発生します。それを回避するために食べやすさに配慮した嚥下食が必要であり、高齢化が進む日本ではますますその重要性が増してきているといえるでしょう。その問題点とは主に次の3点を挙げることができます。

1.QOLの低下
QOL(Quality of Life)は、生活の質等と訳され、人間らしく生きていることの満足度を示す尺度です。口から食べることは栄養面で健康を保つためだけでなく、おいしさや香りを味わうことが生きる喜びとなり、精神面でも私たちを支えてくれるものです。さらに、食事によって脳や口腔、咽頭、食道、胃などの各器官の機能を動かすことが、人間の複雑な活動をバランスよく維持してくれます。口から食べることとQOLは密接な関わりがあり、摂食・嚥下機能の低下によりQOLも低下を招いてしまうのです。

2.低栄養・脱水症
摂食・嚥下機能の低下によって食事が十分にとれなくなってしまうと、低栄養や脱水症を招くおそれがあります。わが国では病院に入院していたり介護施設に入居していたりする高齢者の約40%が低栄養状態にあるといわれ、摂食・嚥下障がいが大きな要因になっていると考えられます。低栄養によって感染症等にかかりやすくなったり、病気の回復が遅れたりするなど様々な問題が生じます。

3.誤嚥・窒息
食道に入るべき食べ物や唾液が誤って気道に入ってしまうのが「誤嚥」です。健常者では気道に食べ物が入っても、むせて咳とともに排出できますが嚥下機能が低下した人の多くは吐き出す力が弱くなっているため、食べ物や唾液が気管や肺の中に入ってしまい、窒息を引き起こしたり、付着した菌によって肺炎を発症したりするおそれがあります。

以上のような問題を未然に防いだり、改善したりするため、咀嚼や嚥下の機能が低下した方も、最期まで口から食べられることを目指して嚥下食は開発されてきたのです。これに先駆的に取り組んだ聖隷三方原病院では1987年には嚥下食を取り入れ、その後、咀嚼や嚥下の能力に対応した段階的な考え方の嚥下食基準を導入しました。これを発展させて2004年の第10回日本摂食・嚥下リハビリテーション学会で私が発表したものが「嚥下食ピラミッド」で、現在ではこの概念に基づいた商品開発や嚥下食作りが全国的に広がってきています。

●嚥下食ピラミッド
すべての食事を摂食・嚥下の難易度によって普通食から嚥下食までの6段階に分類し、各レベルの食べ物の硬さや形状を基準化したものです。高齢者の場合、咀嚼能力の低下に応じてレベル5 の普通食から、レベル4の介護食、レベル3 の嚥下食へと段階的に咀嚼や嚥下の容易な食事に移行していく場合が多くなっています。この嚥下食ピラミッドから9年後に発表された「日本摂食・嚥下リハビリテーション学会嚥下調整食分類2013」も、病院を中心に利用が進んでいます。

出典:嚥下食ドットコム
「日本摂食・嚥下リハビリテーション学会嚥下調整食分類2013」については、
『日摂食嚥下リハ会誌17(3):255-267, 2013』または、日本摂食嚥下リハビリテーション学会WEB:『嚥下調整食学会分類2013』を必ずご参照ください。

Column「きざみ食」は嚥下食ではないの?

お年寄りのための食事といえば、「きざみ食」を思い浮かべる方も多いかと思います。確かに以前はこの形態の食事が多く提供されていましたが、嚥下食の研究が進むにつれ、きざみ食は嚥下食に不適切だと認識されるようになってきました。最大の理由は、きざみ食は硬いものも軟らかいものも一律に細かくきざむため、口の中でバラバラになりやすい。つまり、嚥下において重要な食塊が形成されにくいという点です。そのため飲み込む際に咽頭に残りやすく、誤嚥のリスクを高くしてしまうのです。一方、調理面でも、細かくされた食材は表面積が大きくなり、その分食中毒を起こす細菌が付着しやすくなってしまいます。食材や包丁、まな板のどこかに細菌が付着していたら、それが全体に撒き散らされてしまうのです。こうした理由からきざみ食は嚥下食として不向きであり、現在は嚥下食ピラミッドに例示したような、食塊を作りやすい献立が組み立てられるようになってきました。

嚥下食に求められる
飲み込みやすさ、安全への配慮

- 嚥下食に必要な「食塊」を作るために、どんな取り組みをされたのでしょうか?

金谷先生食塊のために、でん粉、寒天、ゼラチンといった材料で固める方法が考えられましたので、そのどれを使えば良いかという検討から始めました。聖隷三方原病院では65歳以上の患者さんに野菜不足を補う意味もあってニンジンジュースをお出ししていたのですが、これを上記の3つの材料で固めて患者さんに提供しました。3種のうち寒天は口の中で咀嚼によってバラバラになることで飲み込みにくくなり、窒息の原因にもなりやすいことが判明し、最終的に食塊の形成にはゼラチンが最適という結果を得ることができました。現在ではゼラチンに加えて各社から様々な増粘剤が販売されており、それらを使用して嚥下食が作られるようになっています。

- 他に嚥下食作りで考慮すべき点は何でしょうか?

金谷先生大きなポイントになるのが意識して油脂を使うことです。魚を例に挙げれば、鯛などは嚥下障がいの人には非常に飲み込みにくいものですが、サーモンは飲み込みやすい。これは何が違うかといえば脂肪の含有率なんです。以前、バチマグロに比率を変えて油脂を加える実験をしたところ、含有率10%を超えると飲み込みやすくなることがわかりました。脂肪の多い食品といえば、フォアグラがありますが、あれは脂肪含有率45%でまさに嚥下食の原点とも言える食品です。
油脂を料理に使う際には、その働きに着目して選ぶと良いでしょう。アルツハイマー型認知症にはMCTオイル(中鎖脂肪酸)が病状の安定に効果的とされますし、シソ油やエゴマ油等のn-3系の油は炎症を抑える効果があります。これらを上手に使えば食べやすく体に良い効果が期待できる食事を作ることができます。
さらに、油脂は飲み込みやくする以外に重要な働きとして、便の排泄しやすさも向上させるのです。食べることと排泄ができれば、人は最期まで幸せに生きることができます。食べやすさだけでなく、排泄まで考慮して嚥下食をデザインすることが重要だと思います。

- 窒息などの危険を防ぐことへの配慮はいかがでしょうか?

金谷栄養研究所 所長 金谷節子 先生

金谷先生嚥下障がいの方によく起こりがちなことに、飲み込んだつもりでも咽頭に食べ物が残っている「咽頭残留」があります。これが原因で、食事後にベッドで横になった時、窒息を招く事故が多いのも事実です。防止のためには嚥下食と緑茶ゼリーを交互に食べる「交互嚥下」という方法が有効です。例えばお粥を食べたらゼリーを食べて、また次のおかずを食べるという食事のとり方です。ゼラチンは咽頭に残った食べ物と一緒になり食道に流れる特性がありますので、咽頭の食べ物を一回ごとに流せば残留が防げます。