第12回 個別化栄養による健康管理 国立研究法人 医薬基盤・健康・栄養研究所 ワクチン・アジュバント研究センター センター長 國澤純 先生

【個別化栄養とは】
実地での研究から「層別化」「個別化」が見えてきた

ー 食事の摂り方や腸活に関連して、最近いわれるようになった「個別化栄養」とはどのようなものでしょうか?

國澤先生これまでご紹介したように、腸内細菌そのものの状態や腸内細菌が作り出す有益な代謝物=ポストバイオティクスは人によって差があり、同じ栄養を摂っても現れる健康効果には違いがあります。そこで、腸内細菌などに合わせてより効果の高い食事方法を指導していこうというのが「個別化栄養」の考え方です。 比較的最近出てきた言葉ですが、個別化栄養に先行しているのは「個別化医療」です。例えば、薬の分解に働く酵素には個人差があることが知られており、薬の効きやすさを左右するため、酵素の働きを指標にして一人ひとりに合った治療を実現する個別化医療の取り組みが進んでいます。これら薬の研究で得られた知見を、食品にも転用することで個別化栄養の実現も可能だろうと考えられています。一方で、薬の場合は特定の病気に対してピンポイントで考えればよいですが、食品はバラエティに富み、また求められる健康効果も幅広いため、個人よりも枠を広くしたグループ単位で考えるのが現実的です。そこで、栄養に関しては個別化栄養と共に「層別化栄養」という概念も生まれています。

ー 個別化/層別化栄養に関する活動は具体的にどのように進められているのでしょうか?

國澤先生調査研究の中で実際に層別化を示した研究をご紹介しましょう。

① 兵庫県加東市での取り組み

兵庫県の加東市と(株)マルヤナギ小倉屋、および当研究所の間で三者連携協定を結び、市職員の皆さんに、食物繊維を多く含むもち麦を毎朝2か月間食べてもらい、腸内細菌を調べるという研究を実施しました。その結果、摂取前後で比較すると、腸内細菌の種類が増え、1000菌種以上の方が3%から約17%に増加。中には2000種類以上にまで増加した方もいて、全体で見れば食物繊維が腸内細菌の多様性を高めることが確認されました。しかし、参加者の中には多様性に変化なし、あるいは低下する人もいて、ここでも同じ食事を摂っても、その効果には個人差があることが示されています。この効果が出やすい人、出にくい人を分けて(層別化)、個人差を生み出している因子を同定し、効果が出ない人の改善法を見いだす。このような形で、それぞれの腸内環境に合わせた最適な食事を提供するための層別化栄養の取り組みが進んでいます。

もち麦摂取前後の腸内細菌種の変化

もち麦摂取前後の腸内細菌種の変化

② 健康経営に関連した企業での取り組み

山梨にある「株式会社はくばく」では、社員の方を対象に2年間、腸内細菌や食事について調べ、そのデータをレポートにまとめ社員にもフィードバックするなど、健康経営のための取り組みとして活用しています。これと合わせて、会社の研究員と当研究所とで、食事と腸内細菌との関係を調べる研究を実施しました。腸内細菌の分類には、タンパク質や脂質などの多い食生活で現代人に多い「肉食系」、穀物から食物繊維や糖質を多く摂る「草食系」、その中間の「雑食系」とあります。参加された社員の方には大麦ご飯をよく食べられる方がいますが、その方々の腸内細菌のタイプを解析したところ「雑食系」であるルミノコッカス型が多いことが判明しました。これは不足しがちな食物繊維も含めて、バランスのよい食事ができていることが、腸内細菌に現れてきているものと考えられます。
大麦には血圧や中性脂肪を上げにくくする働きがあるといわれますが、中には大麦をよく食べているのに、高血圧や脂質異常症という方もおり、同じように大麦を食べているのに、健康効果には違いがみられました。この違いを指標に層別化を行い、AI技術を用いて腸内細菌を解析したところ、腸内細菌のデータから大麦の効果を予測できるモデルが作成できました。つまり、自分の腸内細菌のデータをみることで、あなたは大麦の効果が出やすいから食べましょう、とか、あなたは大麦を食べても効果が出にくいですね、といった予測ができるようになるわけです。

ー 体によいといわれているものを食べても健康効果が出ない人に、個別化栄養の観点からどのような働きかけができるのでしょうか?

國澤先生食物繊維を摂った際の菌のリレーで示したように、必要な腸内細菌が揃っている人は効果が出やすいタイプとなり、何かが欠けていると効果が出にくいタイプになる。この後者、つまり効果が出にくいタイプと判定された場合の対応を考えることが、個別化栄養が広まっていく鍵になろうかと思います。その方法のひとつには、必要な菌を少しずつ自前で増やして改善する方法があるでしょう。しかし、スムーズに増えるとは限らないですから時間をかけて待つことになるかもしれません。そこで第2の方法として、例えば自分に足りない菌をヨーグルトなどの発酵食品で摂ることによって、自前の腸内細菌では対応出来ない部分を補うことができれば、目的の効果が出やすくなると考えられます。もしくは、実際に健康効果を示すポストバイオティックスをサプリメントなどの形で摂ることで、どんな腸内細菌のタイプでも効果が期待出来るようになります。個別化/層別化栄養の進展により、こういったことをお伝えできるようになると考えています。

ー では個別化栄養は今後どのように進むとお考えでしょうか?

國澤先生個別化、層別化が進むと、商品を買ってくれる対象が減ってしまう可能性があるため、販売側の立場で考えると、これまでのように誰にでも効きますといえる方がいい、という考え方が多いと思います。一方で、近年は機能性表示食品や特定保健用食品といった新しい機能を持たせた商品が多くなってきました。その開発においては、効果を立証するための臨床試験等で、個人差が原因となり、膨大な労力やお金がかかり、開発を断念してしまうこともあります。そこで、あらかじめ効く人、効かない人がわかっていて層別化がされていれば、こういう基準で分ければ効く人が予め分かり、その人にはしっかりと効くことを示すことが出来ます。これは労力や費用を抑えて商品開発ができるということで期待されているところです。一方で、クリアすべき課題は、効果が得られにくいと判定された人にはお勧めできません、ということになりますので、それらの方にどういう対処ができるかという点です。そこが、いま我々が着目している点であり、先ほど紹介したように、例えばこの菌と一緒に摂ればいいですよ、もしくはこれをサプリメントとして摂ってもらった方がいいですよ、といった提案ができるようになれば、販売する立場からもより良い商品の提案に繋がりますし、個々の人に合った形を提案できるので、効果を感じながらずっと食べてもらえることになるだろうと思います。少しずつ実例も生まれてきていることから、こういった考え方に賛同してくださる企業が増えてきており、実現に向けた手応えを感じ始めているところです。

意外に気づいていない食事の偏り

ー 個別化栄養のためには食べる側も自分の腸内細菌や摂っている栄養を知ることが大切ですね。

國澤先生そうですね。私たちは全国で食事や腸内細菌などについて調査を行っているのですが、よく何か面白い食べ物はありませんか?と聞いてみるのですが、ほとんどの場合、「いや、普通のものしか食べていません」と答えが返ってきます。しかし実際は、ご近所さんが普段どんな食事をしているかはよく知らないという感じで、本当に自分が “普通の食事”をしているかはわからないのがほとんどだと思います。
ひとつ興味深いデータをご紹介しましょう。山口県周南市という瀬戸内海に面した地域で腸内細菌を調べる研究を続けて7年目になるところですが、こちらの方々の腸内細菌のタイプを先ほどの肉食系、雑食系、草食系で分けてみました。私たちの全国平均データでは、肉食系、雑食系、草食系の比率が4:5:1くらいになりますが、周南市の場合は7:2:1という結果で肉食系の方が多いことが分かりました。

腸内細菌に見られる地域特性

腸内細菌に見られる地域特性 全国平均(NIBIOHN調べ)
腸内細菌に見られる地域特性 山口県周南市(86名)

國澤先生周南市は海や山に囲まれて自然が豊かな街ですから、野菜を多く食べているかと思っていたので、予想外の結果でした。そこで参加者の食事を調べてみると、確かに緑黄色野菜は多いのですが、それ以外の野菜は全国平均よりかなり少ないことがわかりました。地元の皆さんは「野菜をよく食べています」といわれることが良いのですが、実際には野菜不足という認識がないまま食物繊維不足を招き、それが腸内細菌の結果に反映されているのかもしれません。

周南市で明らかになった「野菜不足」と「食物繊維不足」

野菜摂取量

周南市 野菜摂取量

食物繊維摂取量

周南市 食物繊維摂取量

ー 自分が摂っている栄養を知ることで、改善点に気づき、実際の食生活を変えることが出来る社会を目指して。

國澤先生我々が日本各地で行っている調査は、詳細なアンケートに答えていただいたり、血液や糞便等を提供してもらったりする研究となっているため、参加者の負担を考えると多くの皆さんにお願いできるものではありません。そこでいま考えているのは、スマホなどを利用して栄養の解析やアドバイスができないかというものです。最近だとスマホで食事の写真を撮って、カロリーを計算してくれるアプリがありますね。ああいったアプリは裏側でどんな食材を摂っているかといった情報を認識しているわけです。これと同様に、食事の写真を撮れば、あなたの場合はこの料理を足したらもっと効果が出ますよ、とアドバイスしてくれるようなシステムの可能性について検討を開始しています。

腸内細菌への意識向上は家庭の食卓から

ー 健康効果の高い食事を実現していくためには食育を含めた啓蒙も大切になってくるように思います。

國澤先生確かに、お子さんに対する食育は大切です。実際には、ご家庭でいつも食べているご飯が食事に対する意識につながりますから、食事を作られる方と一緒に認識を深め、実際の食事に反映していくことが重要です。とはいえ、普段使わない食材を使って初めての料理を作らないといけないとかだと、面倒でやる気にならない人がほとんどでしょう。そこで、食材にあわせたレシピや食べ合わせの提案や、もっといけばレトルト製品にして紹介できれば、毎日の食卓にも根付いていきやすいのかなと考えています。先ほどの周南市のケースでは、道の駅などとタイアップした試みを行っていますが、併設するスーパー内に「腸内細菌コーナー」を設けて、「あなたの腸内細菌が○○系だったらこんな食材が足りていないので、こんな料理で補ってはいかがですか」といった提案を行っています。そういった身近な所で知る機会をつくって、やってみようかという気になっていただく。そこまで用意するのがこれからのポイントになるでしょう。街ぐるみで環境を作り、その中でご家庭単位で意識を高め、それが結果的にお子さんの食育にも繋がっていくということだと考えます。

ー 個別化/層別化栄養の今後への課題、また将来実現してくれるのはどんなことでしょうか?

國澤先生食品による健康効果が出にくい人への対応法の一つとして、いま私たちは日本各地から発酵食品を集めるなどして腸内細菌の代わりができるものを見つけていこうとしています。しかし、地方の特色は年々失われており、昔ながらの製法で発酵食品を作っているところが減り、どこへ行っても同じものを食べているなど、日本が培ってきた発酵文化が消えつつあるように思います。そこで、昔から経験的に体に良いといわれてきたものを科学的に解明し、改めてその有効性を見直すというアプローチを考えています。いわば、おばあちゃんの知恵袋を科学の力で継承するための方法論をつくっていくことが、新しい食品あるいは栄養の大事な研究の一つであり、私もそれができることを思い浮かべながら研究を進めています。

ー お話をうかがい、科学の成果で毎日の食事が少しずつ進化していくような気がいたしました。本日は誠にありがとうございました。

取材日:2022.2.3

国立研究法人 医薬基盤・健康・栄養研究所
ワクチン・アジュバント研究センター センター長
國澤純 先生

略歴

1996年大阪大学薬学部卒業。2001年薬学博士(大阪大学)。米国カリフォルニア大学バークレー校への留学後、2004年東京大学医科学研究所助手。同研究所助教、講師、准教授を経て2013年より医薬基盤研究所プロジェクトリーダー。2019年より現所属センター長。

その他、東京大学医科学研究所・客員教授、大阪大学医学系研究科、薬学研究科、歯学研究科、理学研究科・招へい教授(連携大学院)、神戸大学医学研究科・客員教授(連携大学院)、広島大学医歯薬保健学研究科・客員教授、早稲田大学ナノ・ライフ創新研究機構・客員教授などを兼任

一般向け書籍に「善玉酵素で腸内革命(主婦と生活社)」がある。