第12回 個別化栄養による健康管理 国立研究法人 医薬基盤・健康・栄養研究所 ワクチン・アジュバント研究センター センター長 國澤純 先生

【栄養と免疫】
たった一つの栄養素が免疫力を左右する

ー 腸は免疫にとって重要な臓器だといわれますが、それはどのような理由からでしょうか?

國澤先生画像に示したように、腸の標本を見ると多くの免疫細胞が観察されます。体全体の免疫細胞のうち半分以上が腸に集中しており、それらが体全体の免疫バランスをコントロールする役割を持っています。つまり腸は局所だけでなく体全体の免疫に影響を及ぼし、病原体に対する生体防御などに働くため、腸の免疫を整えることが非常に大切だということができます。

腸に存在する免疫細胞

腸に存在する免疫細胞

ー 腸が担っている免疫機能と栄養とはどのように関わっているのでしょうか?

國澤先生先ほどは食物繊維によって生み出される短鎖脂肪酸が免疫機能を整えることに触れましたが、免疫は摂取した栄養の影響を受けるため、栄養不足も免疫機能を低下させるリスクになります。それも、全体的に栄養が足りないというだけでなく、たった一つの栄養素だけが足りなくなるだけでも免疫には非常に大きなダメージとなります。それを如実に示す栄養素についてご紹介しましょう。
ビタミンB1はエネルギーを作り出すのに大事な栄養素ですが、不足すると免疫機能が大きく下がってしまいます。マウスで行った実験では、ビタミンB1が欠乏したエサで飼育した場合、腸管のリンパ組織など体中のリンパ組織が軒並み小さくなっていることがわかりました。これは免疫の細胞が大幅に減っていることを示しています。また、重要な免疫細胞の1つであるT細胞を生み出す胸腺という免疫の器官がありますが、胸腺もビタミンB1が不足すると非常に小さくなってしまいます。その結果、免疫機能の減弱を招き、例えば、ワクチンを打っても抗体がほとんどできないという状態になってしまいます。

ワクチンの効果を弱めるビタミンB1不足

ワクチンの効果を弱めるビタミンB1不足

國澤先生ビタミンB1は、豚肉や玄米、うなぎなどに多く含まれていますが、“食い溜め”できない栄養素ですから、コンスタントに摂ることが大切です。食べ方にも留意点があり、ニンニクや玉ねぎ等に含まれるアリシンとビタミンB1を一緒に摂ると、アリチアミンという腸管での吸収が良く、体の中で残りやすい形に変換されますので、効率よくビタミンB1を補うことができます。逆に、淡水魚やアサリなどの二枚貝等はビタミンB1を分解してしまう酵素を持っているので、食べ合わせには注意が必要です。 また、腸内細菌との関わりでいえば、腸内細菌の中には、ビタミンをつくる働きをもっているものや逆に作らずに使うだけの菌もいます。ですから、人によってはビタミンB1をあまり食事で摂らなくても不足になりにくい場合もあり、逆に腸内細菌がビタミンB1を使うばかりのものの場合、欠乏状態になりやすいと考えられます。つまり、免疫機能にビタミンB1は欠かせないという単純なメッセージですが、では、どれだけ食べたらいいのかということだけでも、食べ合わせや個々人の腸内細菌も考えると大きな個人差があると言えます。

免疫力を「整える」ための油の摂り方とは?

ー 腸管の免疫機能を保つには、日頃から栄養に気をつけなくてはならないということですね。

國澤先生免疫機能を維持するためにバランスよく食べて、栄養素の不足を招かないようにすることが大切です。ただし、よく「免疫力を高めましょう」ということがいわれますが、免疫力は高めすぎるのもリスクがあることを知っておく必要があります。これは新型コロナウイルスでもいわれていて、急性呼吸窮迫症候群という体外式模型人工肺(ECMO)を付けなくてはいけないような重篤な症状は、免疫細胞の暴走によるサイトカインストームと呼ばれる炎症が原因だとされます。このような現象がなぜ起きるかといえば、最初にウイルスが入ってきたことによって免疫が活性化され、ウイルス自体は排除されます。しかし、ウイルスがいなくなっても免疫力が高まり続け炎症状態になることで、組織障害を起こしてしまうのです。このように、免疫の歯止めがきかない状態は逆に重篤化の原因になるため、必要な免疫力は維持しつつ暴走をさせない「整った状態」が重要ということになります。

ー 免疫を整った状態に維持するために、栄養面で配慮できることはありますか?

國澤先生1つの可能性として、油に注目しています。食事で摂る油については、最近はアマニ油やエゴマ油が体に良いと話題になっています。これらの油は、αリノレン酸というω3(オメガスリー)脂肪酸を多く含みます。一方、大豆油はリノール酸を多く含み、これはω6(オメガシックス)脂肪酸と呼ばれます。

食用油中の脂肪酸組成

食用油中の脂肪酸組成

國澤先生ω3、ω6脂肪酸は共にほ乳類が自分の体内では作れない必須脂肪酸と呼ばれ、食べたものが直接体に反映されます。画像はアマニ油、大豆油それぞれを多く含むエサで育てたマウスの腸の断面ですが、免疫細胞が集まる粘膜固有層の部分にそれぞれαリノレン酸、リノール酸が多く蓄積している状態が見られます。食べたものが直接体に反映し、しかも免疫細胞が多い部分に溜まるため免疫に対する影響も非常に大きいと考えられます。

ω3脂肪酸(αリノレン酸)

ω3脂肪酸(αリノレン酸)

ω6脂肪酸(リノール酸)

ω6脂肪酸(リノール酸)

國澤先生実際に、油の違いが免疫に影響を与えるのか調べてみました。例えば、卵のタンパク質を食べると下痢をする卵アレルギーのマウスモデルを用いた研究から、亜麻仁油を含む餌で飼育したマウスでは、アレルギー性の下痢の発症が抑制されることが確認されました。

アマニ油で飼育したマウスはアレルギー症状が軽減

アマニ油で飼育したマウスはアレルギー症状が軽減

國澤先生こう見ると、ω3を積極的に摂ってω6は避けた方がよいと感じるかもしれません。特に、ω6は逆に炎症を促進するため悪者扱いされることもあります。しかし大豆油に多いω6は免疫機能の維持のためには重要で、ある程度は摂取しないと免疫を活性化できないということがわかっています。やはり、免疫を活性化するω6もある程度は摂らないといけないし、ただ摂りすぎると炎症が起こってしまう。逆にω3も摂らないとアレルギーや炎症のリスクが高まるということで、どちらかに偏るとリスクが出てくることになりますので、免疫を整った状態にするためにも、バランスの良い食事をすることが大切だといえるでしょう。
このように免疫は食事によって様々にコントロールされており、必要な栄養素をバランスよく摂ることの大切さが科学的なエビデンスをもって明らかにされています。

Column 2糖尿病は免疫病!?

糖尿病は生活習慣病の一つとして、食べ過ぎや運動不足などが原因として指摘されてきました。しかし最近、この病気が免疫、特に炎症と深い関わりがあることが解明されたといいます。「糖尿病モデルの動物において、腸管を取り巻く白色脂肪細胞が脂肪の蓄積により肥大化(内臓脂肪が増大)すると、脂肪細胞のまわりにマクロファージという免疫細胞が集まり、その結果、脂肪細胞やマクロファージから免疫を暴走させる炎症性サイトカインが放出されるようになります。この炎症反応により、血糖値を下げるインスリンがあまり働かなくなってしまうのです」と國澤先生。この炎症を抑えるポストバイオティクスのひとつが「αKetoA(アルファケトエー)」という物質。これはアマニ油などに含まれるω3脂肪酸を材料にして腸内細菌が作り出す代謝物であり、人間は作り出せないもの。今後の研究が進めばその抗炎症作用による人間の糖尿病改善にも期待がふくらみます。お腹の中の腸内細菌がいかに健康にとって重要かをうかがい知ることができる最新の研究成果です。

糖尿病に対するポストバイオティクス(αKetoA)の効果

糖尿病に対するポストバイオティクス(αKetoA)の効果