エキスパートに学ぶ 第11回 持続可能な社会の創造

第11回

持続可能な社会の創造

「人類と地球の健康(プラネタリーヘルス)」
を軸に考える、持続的な共存への道

岡山大学 上席副学長 特命(グローバル・エンゲージメント戦略)担当

横井篤文 教授

【SDGsの意義と日本の位置】
SDGsは人類史上初めての「共通目標」

いま世界には貧困や飢餓、気候変動や人権など、様々な解決すべき課題があります。SDGsはそれらを網羅し、全体で解決を図っていこうとしているのはなぜでしょうか?

横井先生

まず、この目標の考え方についてお話ししますと、SDGsは「人類史上初めての共通目標」だと言われています。なぜかと言えば、これまで人類は“勝つか負けるか”あるいは“生きるか死ぬか”というように、競争や格差といった二項対立的な軸で考える歴史が続いてきました。そこから脱却して、世界が持続的に共存するために、言い換えれば私たちが共生する人間として進化する、その重要な分岐点に掲げられた共通目標がSDGsだと言えます。
さて、なぜSDGsの一つの枠組みで解決を図っていくのか。それは持続的な共存を実現するには様々な課題を統合的にシステムで考える必要があるからです。例えば世界各地で被害をこうむっている洪水や豪雨災害をみても、それらが起こるのは流域や沿岸地域に多く、そこに住む大部分は貧困層の人々です。彼らは浸水しやすい、あるいは地盤が悪いといった災害への不安の多い土地を選ばざるを得ず、気候変動の影響は貧困層により大きな打撃を与えてしまうことになります。つまり、2つの問題は結びついていて貧困を解決するには気候変動も考えなくてはならないのです。人類の目標には「平和、開発、人権」という流れがあり、一方には「環境、持続可能性」という流れがあります。貧困が前者に関わるとすれば、気候変動は後者に含まれます。2つの流れを統合して考えることが、複雑化かつ複合的な課題解決につながっていく。そこにSDGsの枠組みで考える意義があると思います。

少し視点を変えますが、日本人にとってSDGsは、海外からやってきた馴染みの薄い考え方ととらえる人もいると思います。この点はいかがでしょうか?

横井先生

そこには2つの論点があると思います。内容的な側面と制度設計的な側面ですね。
まず、内容的な側面をみてみますと、実はSDGsの概念は日本人にとって親しみやすいものだと考えられます。昔の近江商人の心得に「三方よし」という言葉があります。三方とは「売り手よし、買い手よし、世間よし」を意味し、商売で双方が満足するとともに社会にも貢献する。この考えはSDGsに通じるものでしょう。最近はこれを発展させて「作り手よし、地球よし、未来よし」を加えた六方よしという言われ方もされるようになっていますね。ですから概念的には既に日本人の中にあったものを深化発展させ、地球への貢献を図るものがSDGsと言えるのではないでしょうか。

一方、制度の成り立ちを眺めるとSDGsは2015年に国連で採択されて日本にやって来たように見えますが、これもむしろ逆ではないかと考えています。というのも日本は環境や持続可能性に関して先駆けて外交イニシアチブをもって推進してきた重要国という経緯があるのです。国連が初めて人間と地球環境について全世界とともに議論したのは1972年のストックホルム会議でのことで、その後1987年にノルウェーのブルントラント首相が委員長を務めたブルントラント委員会において、初めて「持続可能な開発」という概念が生まれたと言われますが、この委員会の設置を提案したのが他でもない日本なのです。提案はストックホルム会議から10年後の1982年に開催された国連環境計画(UNEP)管理理事会特別会合(ナイロビ会議)でのことで、当時の日本といえば、各地で発生した公害問題を経て、早くから環境に目を向けていました。全世界的にも日本と同様の状況が危惧される、そこで地球環境問題を考える委員会を設置しようと呼びかけたのです。ですから、日本は「持続可能な開発」という言葉を生み出す契機を作った重要国なのです。その後も持続可能な開発のための行動計画(アジェンダ21)の推進を促すためにESDを世界に提案するなど、外交の場でも常にリードしてきました。ですから制度面でも歴史的にみてSDGsに主体的に関わってきた重要国であり、SDGsは決して外から来たものではなく、むしろ今後も日本から発信していかなければいけない立場にあると私は考えています。

コラム 3建築から都市へ、そして世界から地球へと広がった眼差し
─ 横井先生の活動の歩み ─

岡山大学上席副学長を務める横井先生は、大学に設けられた「岡山大学グローバル・エンゲージメント・オフィス」にて、SDGs大学経営における多様なステークホルダーとの連携を推進されるとともに、2019年にユネスコチェアホルダー、2020年には地球憲章国際審議会委員に就任されています。
ユネスコチェアは、ユネスコ(国際連合教育科学文化機関)のパリ本部にチェア(講座)を申請し、認可を受けて開設されるもので、岡山大学では2007年に「持続可能な開発のための研究と教育」にかかるユネスコチェアとして認可を受けました。これを統括するのがチェアホルダーの役割であり、第二代のチェアホルダーである横井先生は、岡山地域が有するESDの基盤を活かし、様々な分野やセクターと連携しながら教育・研究・社会貢献にかかる事業構想を担うプラットフォームとして横断的にユネスコチェアを展開させる活動を進めています。
一方、中米コスタリカの国連平和大学に本部を置く地球憲章(Earth Charter)は、持続可能な未来へ向けて、人々の意識や行動そのものを変革していくための行動規範として2000年にオランダ・ハーグの平和宮でベアトリクス女王ご臨席のもと発表されました。「人類だけでなく地球に存在する生命共同体に対して敬意と配慮を払い、共存していこうという世界的な憲章」(横井先生)であり、2019年にはユネスコがESD for 2030の倫理的な枠組みとして地球憲章を採択するなど世界中で活用が進んでいます。横井先生はこの国際審議会を構成する世界のリーダーの一員に選出されました。

地球憲章の詳しい内容は「地球憲章ホームページ」をご覧ください。
公式HP(英語)

いまSDGsに関わる活動の第一線で活躍されている横井先生に、この領域へ飛び込んだきっかけを伺うと、建物から都市、そして世界から地球へと広がった眼差しが見えてきました。横井先生は一級建築士として大手ゼネコンに5年あまり勤めた後、建物を取り巻く街や都市について学ぼうとオランダ・デルフト工科大学大学院に留学。そこで研究テーマとした途上国の都市化に関するプロジェクトでザンビアに赴き、アフリカの都市スラムに出会いました。「眼前に広がるスラムの景色は欧米の都市とは全く違う世界観を持っていました。そんな都市スラムがアフリカでは爆発的に広がっている、これは大変なことだと率直に思いました」と当時を振り返ります。途上国での都市スラムの爆発は環境に大きな負荷をもたらし、その発生のメカニズムは先進国も関わる複雑な問題であることに直面し、環境やサステナビリティの概念を学んだといいます。その後南アフリカに在住し、ケープタウン大学で客員研究員として都市スラムの研究を継続していた2012年、リオデジャネイロでは「国連持続可能な開発会議(リオ+20)」が開催され、正にSDGsの最初のステップが踏み出されていました。時を同じくして英ケンブリッジ大学のサステナビリティ・リーダーシップ研究所(CISL)が開講したエグゼクティブ教育プログラムに参加し、SDGsの基盤となる倫理的概念や理論およびその実践等についての話を “シャワーのように浴びた”横井先生は、より明確な意識を持って、人類と地球の持続的な共存へ向けた現在までの活動を続けてこられました。

【食料問題】
プラネタリーヘルスを前提としたフードシステムの改革を

持続可能性を考える上で、食料問題は非常に重要な位置を占めると思いますが、この問題について何を優先課題として解決を図っていくべきでしょうか?

横井先生

重要なのは、今日の話のすべての軸にもなることですが、食料問題の解決は人類だけでなく地球の健康を含めて総合的に進めていかなければならないということです。「人類と地球の健康」をプラネタリーヘルスとも言いますが、いま国際社会ではプラネタリーヘルスをどう総合的に進めていくかが喫緊のテーマになってきています。その上で、食料問題を考える時、重要な課題が3つ挙げられると思います。1つ目が人口爆発とそれに対する食料供給、2つ目は環境への影響、3つ目が気候変動への適応です。もちろんこれらは連動するものであり、気候変動が悪化すれば農業に影響を与え、食料の供給が難しくなる。しかし人口は増え続けるため環境負荷がますます大きくなり、さらなる気候変動の原因となるという悪循環です。
いま、世界の人口はおよそ80億人ですが、2050年には100億に近づくと予測されています。そこからバックキャスティングして現在を見たとき、果たして対策は間に合うのかが危惧されます。さらに新型コロナウイルスによるパンデミックが状況を悪化させています。最新の国連WFPのデータによると2020年の世界の飢餓人口はパンデミックの影響により、予測されていた6億7〜9千万人を大きく上回り、8億人あまりに達したとされます。そしてまた、パンデミックは単発で終わらない恐れもある。なぜなら、従来パンデミックを起こすウイルスは気温の高い赤道直下周辺に多く発生していましたが、気候変動で40℃程度の気温になる地域が増えることで、より緯度の高い地域でもウイルス流行の可能性が増してしまうのです。
この状況の中で、人類が取り組むべきは、前述の3つの課題に対して統合的手法でイノベーションをもたらし、プラネタリーヘルスを推進することにあるといえます。

食料問題の顕在化とともに、食料システムあるいはフードシステムという言葉をよく聞くようになりました。その意味するところと持続可能性にどのように関わっているかを教えてください。

横井先生

フードシステムとは食料の生産から加工、輸送、消費、そして廃棄という一連のプロセスを指す言葉です。今年(2021年)9月には国連食料システムサミットが開催されるなど、今後の世界にとってフードシステムの改革が非常に重要になってきました。なぜなら、人類と地球の健康を考えた時、温室効果ガスの排出量を実質ゼロにする「カーボンニュートラル」と同じレベルでフードシステムの重要性がくっきりと見えてきたからです。
2015年に取り決められた2020年以降の気候変動問題に関する国際的枠組み(パリ協定)では、世界の平均気温上昇を産業革命以前と比較して2℃よりも十分低く保つ等の目標が掲げられました。カーボンニュートラルの取り組みは待ったなしの状況となり、2050年での実現に向けて世界各国がエネルギー問題に取り組んでいます。ところが最近、それだけでは2℃未満を達成できないという主旨の論文が英オックスフォード大学の研究者によって発表され、たいへんな波紋を広げています。気候変動に影響をもたらす2番目の因子がフードシステムだというのです。
仮に現在のフードシステムのままで、100億人の食料を供給するとすれば、環境に非常に大きな負荷をかけることになります。人類が食べることばかり考えていてはプラネタリーヘルスが損なわれてしまう。ですから、フードシステムは持続可能性に直結する最重要課題の一つであると言えるのです。

  • ●現在のフードシステムが環境に及ぼしている影響

    世界の温室効果ガス排出量は490億トン(2010年、CO2換算)。このうち、農業・林業・その他の土地利用による排出は全体の1/4を占める。

世界経済部門別の温室効果ガス排出量

また、日本の温室効果ガス排出量は12.4億トン(2018年度)。このうち、農林水産業における排出は約5,001万トンで全体の4.0%となる。
農林水産省資料『国連食料システムサミット2021-世界で議論されていること-』より

国連食糧農業機関(FAO)の2013年報告によると、世界の温室効果ガスの総排出量のうち、畜産業だけで14%に上り、肉を中心とした現在の食生活が環境に大きな負荷をかけることがわかる。

フードシステムの改革に向けて我が国はどのように取り組むべきでしょうか?

横井先生

ひとつには世界的な栄養改善に向けた動きを後押ししていくということでしょう。コロナの影響で延期された東京栄養サミットが今年(2021年)開催され、栄養や水、衛生等について分野横断的に議論されます。日本としてはそこに食育や栄養政策を絡めながら世界へ発信していくことが期待されます。
一方、科学技術や教育の面からも食料問題への取り組みが進められています。国が策定している科学技術基本計画において、食料問題を学術的、統合的に解決していくことが掲げられており、そのためには食料を持続的に生産し、安定的供給を確保するためのスマート農業や農場の工場化といった科学技術の開発、また情報化、DXの推進などがうたわれています。加えて、「和食」が世界遺産に登録されたように、世界からも注目される日本人の食の倫理を発信することもできるでしょう。大量生産、大量廃棄ではない食へのアプローチ、循環型社会といった生活様式は一人ひとりの倫理感から実現されるものです。そのためにも今後を担う次世代への食育は重要と考えます。