エキスパートに学ぶ 第10回 たんぱく質の話

第10回

たんぱく質の話

これからのたんぱく質摂取をめぐって

東京大学大学院農学生命科学研究科 特任教授

加藤久典 先生

歳を重ねても健康を維持するために

高齢者はたんぱく質を十分に摂ることが重要といわれていますが、その理由は何でしょうか?

加藤先生

高齢になると様々な理由から十分な量の食事がとれず、低栄養になって「サルコペニア」や「フレイル」の状態を引き起こす恐れがあります。サルコペニアは「老化に伴う筋肉量の減少」であり、フレイルは「虚弱」とされます。サルコペニアによって筋力や身体機能の低下が起き、そこに他の要因が重なることで、身体はストレスに対する余力をなくして様々な健康障害を招きやすくなります。この状態がフレイルであり、介護が必要になる前の段階と位置づけられます。

フレイルサイクル

加藤先生

高齢者では、低栄養からサルコペニアやフレイルとなり、それによってさらにQOL(生活の質)が下がってエネルギー消費量も下がることで、さらに栄養素の摂取が下がるというフレイルサイクルの悪循環に陥る恐れがあります。

サルコペニアやフレイルの予防のためにたんぱく質をどれくらい摂ればいいでしょうか?

加藤先生

サルコペニアやフレイルの予防には運動、そして栄養面では、適切なたんぱく質(アミノ酸)をはじめビタミンD、カルシウムなどの摂取が重要です。高齢者がたんぱく質をどれくらいの量摂ればよいかについては、長期的な研究によるデータが少ないため、明確な数値は明らかではありませんが、日本老年医学会の『高齢者肥満症診療ガイドライン2018』によると「サルコペニアやフレイルの予防のためには、たんぱく質の摂取は少なくとも1.0g/kg標準体重/日以上をとることが望ましい」と述べています。また『日本人の食事摂取基準(2020年版)』では、フレイル予防を目的に高齢者のたんぱく質摂取目標量の下限が2015年版と比較してわずかですが引き上げられています。

コラム 2新型コロナウイルス感染症予防とたんぱく質

新型コロナウイルス感染と栄養の関係について加藤先生は、「免疫系は栄養状態の影響をたいへん受けやすく、栄養不足が感染や重症化のリスクを高めるので感染拡大時はさらに気をつけるべき」と話します。加藤先生が会長を務められている日本栄養・食糧学会のホームページでも栄養面での対処が呼びかけられており、高齢者のフレイルが感染リスクを増大させるため、これを予防するために、適切なエネルギー摂取とともに栄養素として特にたんぱく質を多く摂るようにと呼びかけています。

新型コロナウイルス感染症への栄養面での対処~日本栄養・食糧学会からのお願い~

食事では動物性、植物性たんぱく質を偏りなく

動物性たんぱく質と植物性たんぱく質の違いやそれぞれのメリットについて教えてください。

加藤先生

動物性は消化吸収されやすく、アミノ酸バランスも良いため、いわゆる古典的な栄養の捉え方では、動物性たんぱく質が圧倒的に優れていることになります。いっぽう植物性のものはたんぱく源として例えば肉と比較すると、たんぱく質以外の要素に違いが現れます。食物繊維やポリフェノール、あるいは水溶性ビタミンなど、身体に有益な栄養素を同時に取り入れられますので、たんぱく質に不随した栄養のメリットが大きいといえるでしょう。

植物性たんぱく質は食べている量が少ない印象がありますが、実際はどうなのでしょうか?

加藤先生

お米を主食としてよく食べる日本人の場合、たんぱく質摂取量全体の10%程度は米由来のものです。他と合わせればたんぱく質摂取量の半分近くは植物性ですから、皆さん考えている以上に割合が高く、重要な部分を占めているといえるでしょう。

植物性たんぱく質の摂取による健康面への影響も大きそうですね。

加藤先生

例えば、大豆や小麦のたんぱく質は消化吸収が若干良くないものの、血中コレステロールを下げる作用があることが知られています。また、消化が良くないということは消化管の下部である大腸まで届いて腸内細菌のエサになるため、腸内細菌叢を改善するといわれています。腸内細菌は身体に良い働きをする短鎖脂肪酸を産生しますので、こういった面でも健康に寄与すると考えられます。植物性たんぱく質は生活習慣病予防などの健康機能を備えているといえるでしょう。

動物性、植物性の特徴をふまえて、食事ではどのように摂取したらよいでしょうか

加藤先生

たんぱく質をたくさん摂るための食品選びという点では、一般的な話ですが動物性たんぱく質が肉ばかりに偏ってしまうと血中の総コレステロールを増やす飽和脂肪酸を多く摂ってしまいますので、脂が少ない肉あるいは魚を多く食べるのが望ましいでしょう。近年、日本人は魚を食べる量が減少していますが、魚にはたんぱく質以外の栄養成分による健康効果も期待できますので、調理が面倒といった理由で避けることなく魚介類を積極的に摂ってほしいと思います。
また、先に述べましたように植物性たんぱく質が含まれる食品を摂らないと栄養素のバランスが崩れることになりかねません。逆に言えば、野菜を摂りましょうとか、穀類や豆類をバランス良く食べましょうとか、そういった食事を心がけていると、おのずから植物性たんぱく質も摂れるのです。普段の食事では以上のような点に配慮し、動物性・植物性の両方を摂っていれば、必須アミノ酸の不足を心配しなくても大丈夫でしょう。

新しいたんぱく源がもたらす食事の変化

今後の世界では食料の供給について、特にたんぱく質の不足が問題になるといわれています。

加藤先生

人口増加により、たんぱく質の供給が絶対的に不足するとされていますが、畜産物の増産でこれを賄うのは、二酸化炭素やメタンガスを発生させるなど環境への負荷を大幅に増やすため避けなければならず、いっぽうで水産物も資源の減少が問題になっています。このような状況下で人間はどのような食事を摂ったらよいのか。世界の研究者が参加している「EATランセット委員会」は、総人口が100億人に近づくとされる2050年頃の世界でも人類の健康を支えられ、かつ地球環境にも優しい食事のパターンを2019年に報告していますが、それによると1日に食べてよい牛、豚、羊肉の合計はわずか14 gだとしています。

これまでのように肉が食べられない社会になるとしたら、どうやってたんぱく質を摂っていけばよいのでしょう?

加藤先生

大豆など植物由来のたんぱく質による代替肉や、昆虫などの未利用資源、また人工的につくられた培養肉など、肉に代わるたんぱく質供給源への期待が世界的に高まっています。私もそういった開発に関わる企業の方とよく話をしますが、かなり進んでいるという印象を持っています。

新しいたんぱく源の利用について問題となることはないでしょうか?

加藤先生

栄養面ではほとんど問題はないと考えます。代替肉が普及していくための課題は、動物性の食品を食べることの満足度にどこまで近づけられるかです。牛肉や豚肉を食べるのと同じように、“うまい”と喜んで食べられる品質を技術改良によって実現できるかにかかってくるでしょう。
培養肉や昆虫食についても、味が十分に満足できるものになれば、例えば粉末にして食品の素材として補助的に使うというのは近い将来にかなりの市場として現実化するだろうと思います。昆虫食のように、今まで食品の素材としてあまり注目されていなかった様々な資源を活用する技術が今後向上していくと思いますし、それを美味しく食べる技術も進むと思われますので、将来はいま私たちが食べているものとは違う食品が食卓に並ぶということになっていくと思います。

素材の開発の他にも、近年の研究でたんぱく質摂取の考え方の変化などありますでしょうか?

加藤先生

私たちが行っている研究では、妊娠期の栄養にたんぱく質が不足すると、生まれた子どもが大人になって様々な病気のリスクが高まることが明らかになりました。ですから、特に若い女性にはたんぱく質を含めしっかりした栄養をとってほしいと思います。
また、世界的に「プレシジョン・ニュートリション(精密栄養)」の流れが生まれています。これは、個人個人に合った栄養を摂ろうという考え方であり、遺伝的背景や体調、活動度、病歴といった要素に合わせた栄養摂取を提案するものです。たんぱく質の摂り方も、この考え方が広まっていくと思われ、例えば遺伝子解析により、サルコペニアになりやすいタイプの人は平均より多く摂った方がよいとか、血液のモニタリングによって身体の状態を常に追跡し、今足りていない栄養素を明らかにするといったことがだんだんわかってくるのではないかと考えています。

たんぱく源となる食品もその食べ方も、社会状況や科学の進展によって様々に変化しつつあることがわかりました。本日は大変興味深いお話をありがとうございました。

取材日:2021.2.17

加藤久典 先生

東京大学大学院農学生命科学研究科 特任教授

略歴

1984年
東京大学農学部卒業
1988年
東京大学大学院農学系研究科博士課程中退 東京大学農学部助手
1990年
農学博士(東京大学)
1991年
米国NIH 糖尿病部門客員研究員
1993年
宇都宮大学農学部助教授
1999年
東京大学大学院農学生命科学研究科助教授
2009年
東京大学総括プロジェクト気候特任教授
2017年
東京大学大学院農学生命科学研究科特任教授

研究内容

  • 網羅的分子解析を基盤としたタンパク質・アミノ酸の機能解析
  • 胎児期タンパク質栄養を起源とする生活習慣病発症のメカニズム
  • 食嗜好や食品の機能に関連する遺伝子のゲノムワイド解析