第1回 糖の話 「腸内フローラ」ってなんですか? 岡山大学大学院環境生命科学研究科 森田英利教授

トップアスリートの素質は
腸内フローラで決まる?

- 森田先生が研究されているトップアスリートの腸内フローラ、やはり何かが違いますか?

森田教授私が研究対象としているトップアスリートとは、オリンピックに出たり、実業団の選手であったり、プロとして一線で活躍している方々ですが、こういった選手は一般の人と比べ明らに異なる腸内フローラをもっていました。その違いとは、まず菌種数が多い。前に述べた「ディスバイオシス」の正反対で、腸内細菌が非常に多様性に富んでいます。さらに、その中身を見ると体に良い働きをする細菌の構成比が高く、普通の人で見つかることが稀なアッカーマンシア属が増えており、この細菌は長寿の人の腸内フローラでも注目されている細菌です。端的に言えば、トップアスリートは非常に優れた腸内フローラを有しているのです。

ここから考察されるのは、常に激しい運動で筋肉や内臓にダメージを与えているアスリートの体は、それを修復するために有用な腸内細菌を多くもっているということです。逆の見方をすれば、ダメージを修復できない人は、激しい練習を続けられずトップアスリートにはなれないとも言えるでしょう。ちなみに、アマチュア選手や趣味アスリートの場合はどうかと言うと、毎日真面目に運動するなどプロ並みの運動量がある人も腸内フローラの状態が非常に良いことがわかってきました。

今日の食事で、明日に変わる、
それが腸内フローラのサイクル

- 大切な腸内環境を整えるために何をしたらよいですか?

森田教授基本はバランスの良い食事を摂り、適度な運動を心がけ、睡眠を十分にとる、この3点です。その上でストレスのかからない生活を送ることが望ましいでしょう。さきに述べましたが、腸内フローラが関与するセロトニンは、ストレスをコントロールするとともに、質の良い睡眠にも寄与しています。整った腸内環境から十分なセロトニンが生まれ、それが心地よい眠りを促して、再び腸内環境に良い影響をフィードバックする。そんな好循環が生まれる生活を送れるようにしたいものです。

- 腸内フローラのために食生活で気をつけることは?

森田教授注意したいのは高脂肪食です。私たちの体は食事で脂肪分を摂ると、脂肪吸収のために胆汁酸が分泌されます。これは消化吸収の上で大切なメカニズムではありますが、問題なのは胆汁酸がバクテロイデーテス門の多くの細菌を殺してしまうという点です。“やせ菌”の項でご説明したように、バクテロイデーテス門の構成が減るとファーミキューテス門の割合が増えて太りやすい腸内フローラの状態になってしまいます。高脂肪食の摂取はカロリー面に加えて、腸内フローラへの影響からも肥満を助長することになってしまうので、摂り過ぎには気をつけたいものです。

- ヨーグルトや乳酸菌はなぜ腸内環境に良いのですか?

森田教授ヨーグルトに含まれる細菌や乳酸菌が生きたまま腸にとどいたとして、摂取した細菌や乳酸菌がそのまま腸内フローラのメンバーになることは考え難いです。しかし、ヨーグルトに含まれる細菌や乳酸菌の効果は非常に多岐にわたる研究がある通りで、多くの研究報告を見ていると体に取り入れる細菌は生きていてもいいし、死んでいてもかまわない場合が多いように感じます。ヨーグルトの摂取もバランスの良い食事内容の一つと考え、同様の働きは食物繊維やその一種であるオリゴ糖にも期待できますので、これらを多く含む食品を摂るよう、日頃から心がけることが大切です。

- 食生活を変えるとどれくらいで腸内フローラは改善しますか?

森田教授腸内細菌の構成は1日のサイクルでめまぐるしく入れ替わっていますので、食事内容を変えればかなりの短期間、しいていえば1日でも腸内フローラは改善します。この早さには驚くかもしれませんが、細菌は数十分単位で細胞分裂を繰り返していますので、特に不思議な現象ではないのです。ここで注意したいのは改善が早ければ、悪くなるのも同様のスピードということです。「今日ぐらいはいいか」と食事が乱れたとすると、その食事の影響についてもレスポンスが早いことを意味しています。

勿論、腸内フローラの改善効果が体に表れるのにはタイムラグがありますが、それでも2週間から数週間ぐらいで影響が出ることは実験動物の研究やヒト試験で示されていることです。食生活を改善してその効果を感じるまで、2週間から数週間、その期間の感覚は、人によって長くもあり短くもあるのではないでしょうか。

- では最後に、これからの腸内フローラの研究やその成果の活用についての展望をお聞かせください。

森田教授研究が進み、現在では様々な疾患への腸内フローラの影響がつきとめられてきました。このような成果を今後さらに増やしていくために大切なのは、国際的なルールの統一かと考えます。特定の疾患、あるいはトップアスリートなど、腸内フローラのサンプルを集める際の共通したルールを設け、それに則って研究を行うことで、世界同時進行している腸内フローラ研究の標準化が図られ、得られた研究結果の活用も広がっていくでしょう。

一方、一般社会に目を向けると、多くの人が腸内フローラと健康との関わりを意識するようになってきたと思います。食生活によってすぐに変化する腸内フローラにとって、これは非常に大事なことで、毎日の食事を改善する、あるいはサプリメントを利用するといった習慣が広く根付いていくと良いと思います。

そして、次の世代を考えれば、いわゆる食育の中で栄養面とともに腸内フローラのバランスまでを考えていくようになれば、よりクオリティの高い食育が実現するのではないかと期待しています。

- 腸内フローラについて、たくさんの興味深いお話をありがとうございました。


Column 1「日和見菌」の真相は?

腸内細菌の分類でしばしば見られるのが「日和見菌」という呼び方。ふだんはおとなしいのに腸内の環境が乱れたときに体に悪さをする細菌と説明されることが多いようです。しかし、日和見菌とされる細菌の多くは、未だその働きが解明されていない細菌であり、以前は日和見菌といわれたものが、最近の研究で体に良い細菌であるとわかったケースもあります。ですから、善玉菌と悪玉菌に分類できないものすべてを「日和見菌」と呼ぶよりも、日和見的な動きの証明されている細菌と「機能未知の細菌」は区別した表記が望ましいのかもしれないと森田先生は言います。

Column 2DNA解析で見えてきた、人類の腸内フローラ3タイプ

近年のDNA解析をもとにした研究で、腸内フローラはどんな細菌が優勢かによって3つのタイプに分けられることが判明しています。これをエンテロタイプ(エンテロ=腸)と呼びますが、世界の各地域の人々を調べた結果、エンテロタイプは欧米人タイプ、アフリカ・南米人タイプ、そして日本人タイプに分けられるというのです。一見地域による差にもとれますが、これは食生活に影響を受けた違いだと考えられています。油ものを多く食べる中国人が欧米人タイプであったり、ヨーロッパの中でも魚食の多いスカンジナビア半島の人々の腸内フローラが日本人に近いこともそれを裏付けるものでしょう。

Column 3門? 属? 種? ちょっと悩ましい細菌分類の話

腸内細菌が話題になるにつれ、“○○菌が体に良い”といった表現をよく見かけます。ここで少々注意しておきたいのが、その細菌名が分類上でどの階級を示しているのかという点。細菌の分類は、大きなくくりから順に、門、綱、目、科、属、種という階級で分けられています。あのビフィズス菌も実は1種類の菌ではなく、ビフィドバクテリウム属に属する数十種の細菌の総称なのです。ここで問題になってくるのは、一つの属の中に体に有用な菌種もあればそうでないものも存在し得るという点です。以前は「日和見菌」あるいは「悪玉菌」と位置づけられていたのに、最近は体に良いと言われるといったケースは、広く属として悪玉菌とされていたものの中に、人体に有用な菌種がみつかった時などに起こりがちな混乱なのです。代表的なところでは、バクテロイデス属やクロストリジウム属がこれにあてはまります。細菌の情報に触れるときは、それが属を示しているのか、特定の菌種の話なのかを気にしておくのも大切なポイントです。

取材日:2016.10.4

岡山大学大学院環境生命科学研究科
森田英利 教授

プロフィール

1991年 岡山大学大学院自然科学研究科 博士課程修了(学術博士)後、米国ミネソタ州立大学 Food Science and Nutrition学部 博士研究員、麻布大学 獣医学部 教授を経て、現在、岡山大学大学院環境生命科学研究科 教授(動物応用微生物学研究室)。

<各種委員、非常勤講師等(2016年12月1日現在)>
日本NO(一酸化窒素)学会 評議員、腸内細菌学会 広報委員、日本乳酸菌学会 評議員。
神戸大学、青山学院大学、吉備国際大学、岡山県農林水産総合センター農業大学校 非常勤講師。

主な研究歴

  • 乳酸菌における遺伝子のクローニングおよび分子育種学的研究(1986年~2000年)
  • 乳酸菌とビフィズス菌の全ゲノム解析と機能的比較ゲノム解析(2000年~現在)
  • ヒトおよび哺乳動物の腸内細菌から分離した新菌種の提唱(2003年~現在)
  • 網羅的な常在菌叢(マイクロバイオーム)の解析(2003年~現在)