第1回 糖の話 「腸内フローラ」ってなんですか? 岡山大学大学院環境生命科学研究科 森田英利教授

難しいけど、面白い、
腸内細菌と免疫、アレルギーの話

- 腸とアレルギー疾患の関係もよく聞くようになりました。どんなメカニズムがあるのでしょうか?

森田教授アレルギーとは、体に備わった免疫反応の暴走といえます。そもそも免疫とは自分自身とそれ以外の異物を判別して、病原菌等の有害な物を排除しようとする自己防御のシステムです。ところが、本来は攻撃する必要のない花粉や食物などにも過剰に反応してしまうのがアレルギー症状です。もともと腸管の内側では免疫に関わる多くの細胞が作られ、腸が免疫システムを支えていることが知られていましたが、さらに最近になって免疫にかかわる細胞の形成と腸内フローラの関わりが解明され、研究者の間でたいへん注目されています。

免疫には数種の免疫担当細胞が関わっていますが、そのうちの「制御性ヘルパーT(Treg)細胞」や「17型ヘルパーT(Th17)細胞」が、腸内細菌によって生み出されることが明らかにされたのです。ヘルパーT細胞は免疫全体を指揮する司令部のような重要な役割を担っています。この細胞には、原型であるTh0という細胞があり、それがTh1、Th2、Th17、Tregといった、それぞれ役割の異なるヘルパーT細胞に分化します。ここで、Th0がどの細胞になるかのカギを握っているのが腸内細菌だったのです。つまり、ある細菌(あるいはその代謝物)が作用すればTh17になり、別の細菌ならTregになるという仕組みです。とても専門的な話になりましたが、要するに腸内フローラの構成によって、免疫担当細胞の種類や量が決定されているということです。そのため腸内フローラのバランスが悪化すれば、免疫担当細胞の産生が乱れることを意味し、その乱れがアレルギー体質を招く一因になるとも考えられるのです。その引き金となる腸内フローラの構成を決めるのは食事ですから、食事の内容が悪いと腸内フローラを介してアレルギー体質になりかねないという因果関係が見えてきます。

- では、例えば花粉症を防ぐためにはどんな食品をとればいいのでしょうか?

森田教授現在のところ、花粉症の人は腸内フローラにフィーカリバクテリウム属の細菌が少ないことがわかっています。しかし、この細菌を直接増やすことのできる食品や素材については研究途上にあり、明確に “この食品がいい”と答えることはできません。ひとつ言えるのは、フィーカリバクテリウム属の細菌はビフィズス菌と相関関係があり、片方が増えるともう片方も増えてくる傾向があります。ですから、ビフィズス菌を増やすために野菜の摂取を意識し、また食物繊維としてオリゴ糖などをとることが花粉症の予防につながっていく可能性も考えられます。

腸内から繋がるのは、
脳、そして、こころの世界

- 腸内フローラと健康について、最新の研究ではどのようなことがわかっていますか?

森田教授最近、腸と脳のつながりである「脳腸相関」における研究結果について、ホットな話題があがっています。腸と脳、この離れた2つの器官をつなぐのが腸内フローラの細菌がつくる物質であると考えられており、脳への影響について興味深い研究結果が続々と発表されています。そのいくつかをご紹介しましょう。


自閉症との関わり

自閉症患者さんと健常者の腸内フローラを比較した近年の研究で、腸内細菌の種類や数が大きく異なり、自閉症では菌種が極めて少ないことが判明しました。一方、これに先立つ1990年代には、抗生物質を使うと自閉症の根幹症状が和らぐという論文が発表されていました。当時はあまり注目されていなかったかもしれませんが、今考えれば、これは抗生物質によって腸内フローラが変化し、その影響が脳にあらわれたことを示すものだったといえるでしょう。このような知見を得て、いま腸内フローラから自閉症治療を考える取り組みが進められています。


認知症に特有の腸内フローラとは

認知症の人の腸内フローラも、健常者に比べて菌種数が減った状態になることがわかってきました。このような腸内フローラの状態を専門用語で「ディスバイオシス(Dysbiosis)」と呼び、日本語にすれば“機能の低下した腸内フローラ”といった意味になります。ここでいう「機能の低下」とは、細菌種の減少によって、腸内細菌からつくられる代謝物の種類が減ってしまうことを指しており、必要な代謝物が得られなければ、体(生体)には様々な悪影響が出てしまうということです。腸内フローラの多様性は健康の要であり、認知症患者さんに医師が適度な運動を勧めるのは筋肉が落ちるのを防ぐ効果だと思いますが、体を動かすことで腸内フローラの細菌種を増やす効果につながりそうです。


体でつくられる「幸福ホルモン」も腸内細菌がコントロールしている

セロトニンという物質は精神を安定させて気分や感情をコントロールする働きがあり、別名「幸福ホルモン」とも呼ばれます。体でつくられるこの物質にも腸内フローラが関与し、ある種の細菌がセロトニンの産生を促していることがわかってきました。不安やストレスに強い心をもつためにも、腸内フローラが大きな役割を果たしているといえるでしょう。


この他にも最新の研究によって腸内フローラと全身との関係が明らかになっています。長寿との関わりにおいて、長生きのお年寄りには「アッカーマンシア属」などの細菌が多いことが突き止められるなど、健康寿命と腸内フローラというテーマにも研究者の熱い視線が注がれています。